失われた時を求めて (38)

第五巻に入る。プルースト一家は祖母の健康のため、空気の良いゲルマントの館の敷地内のアパルトマンに引越すことになる。新しい生活が始まり気分が一新と思いきやプルーストはまたもや難解な思索を繰り広げ始める。ゲルマントという言葉の独特な響き、シラブルが掻き立てる夢想、公爵夫人のスカーフの色、その目、ゲルマント家の所領、城館、タピスリーと最大限の夢想がすでに広がっている。それが現実のものに置き換わって行くというのがプルーストの「経験する」という事である。実に面倒臭い男なのだ。

もう白髪となったフランソワーズだが相変わらず従僕を従えて活躍している。召使いの間の隠語について書いている(過越祭=昼食、読唱ミサ=ひそひそ話)。そしてフランソワーズの朗唱が入る。以下引用文。(吉川一義訳)

《ああ、コンブレー!コンブレー!

いつになったらお前に会えるんだろう

かわいそうな土地だこと!

いつになったら

お前のサンザシのかげで

あたしたちの哀れなリラのかげで

アトリのさえずりや

だれかのつぶやきかと思える

ヴィヴォンヌ川のせせらぎを聞きながら

神聖な一日を過ごせるのだろう》

オペラ仕立てにしたのはなかなかの野心的試みである。内容はプルーストがいつも思っていることである。