失われた時を求めて (59)

ロベールとの夕食の翌日、プルーストはゲルマント邸に招かれる。侍従たちが驚く中、主人に案内されたプルーストは、まず念願だったエルスチールの絵の鑑賞をさせてもらう。そしていよいよ晩餐の席に案内されるのだが、急ぎ足で招待客に紹介されたプルーストは戸惑うのであった。相手が誰だかわからないのである。そのうちの一人はパルム大公妃なのであった。香り高いパルムの大公妃といえば、文学好きのプルーストはサンセヴェリーナ夫人を思い浮かべるのだが、残念なことに目の前には愛想の良すぎる黒髪の小柄な婦人が居るのである。

紹介の儀が一通り終わると晩餐の開始である。ここからプルーストは晩餐の中身には一切触れず、各名家を例にとり社交界時評やらうわさ話の類を延々と書くのである。要するにゲルマント家及びオリヤーヌが如何に素晴らしいかを述べている感じである。クールヴォワジエ家などは散々な言われ方をされる。

晩餐会の話題と言っても身内の誰それがどうしたとか、あの夫人はどうとか、芸術についてあれこれ言っているだけである。オリヤーヌが一番偉そうな口をきき、バザンが口を挟む。それに対し何とプルーストも結構堂々と受け応えする。以下引用文。(吉川一義訳)

《「そのラシェルが、あなたのことを話してましたよ。サン=ルーさんはあなたのことが大好きだって、自分よりもあなたのことが好きなんだって」とフォン大公はそう言いながら、真っ赤な顔色をしてがつがつと食べつづけ、おまけにたえず笑っては歯をむきだしにする。
「それじゃラシェルは、私に嫉妬して嫌っているのでしょうね。」と私は答えた。
「とんでもない、あなたのことをずいぶん褒めてましたよ。フォワ大公の愛人なら、大公が愛人よりもあなたのほうが好きだと言えば、嫉妬するかもしれませんがね。おわかりになりません?じゃあ私といっしょに帰りましょう、なにもかも説明してあげますよ。」
「それがあいにく、十一時にシャルリュスさんを訪ねることになっていまして。」》

庶民で間借り人のプルーストがエルスチール、スワン、ブロック、サン=ルーと親交があるというだけでここまで渡り合えるとは驚きである。