東洋文庫 貞丈雑記1 (18世紀後半)

本書は伊勢貞丈が生涯にわたって著した武家故実便覧といったものである。伊勢家は小笠原流の二家と並ぶ武家故実家で旗本であり、武家儀礼の下問に答える家柄である。全16巻よりなり貞丈雑記1には1〜4巻が収録されている。以下抜粋。

巻の一

礼法の部

一【礼節の事】礼節と云う事、貴き人をばつつしみうやまい、いやしき人をばあなどらず、同じ位の人をば人を先立てて我はへりくだるを礼というなり。うやうまじき人をうやまうは、へつらいなり。いやしむまじき人をいやしむるは、おごりなり。へつらいもなく、おごりもなく、その身の位相応にして、過ぎたる事もなく、及ばざる事もなく、よきほどなるを「節」と云うなり。 (中略)

一【進退】ふるまいと云うは「進退」の二字なり。身のふりまわしを「ふるまい」と云い、「立ちふるまい」とも「立ち居ふるまい」とも云うなり。今時は人に食物を食わするをふるまいと云うは、あやまりなり。人に食物を食わするをば、「もてなし」と云うなり。「饗応」の二字を「もてなし」とよむなり。

祝儀の部

一【結納の事】婚礼の結納の事、「いいいれ」と云う事、本儀なり。「その元の御息女を妻に申受け度し」と云う事を云い入るる故いいいれなり。「い」と「ゆ」と五音通ずる故「ゆいいれ」とも云う事あり。その詞に付きて結納とも書くなり。

一【元服の事】元服と云う事、元は「はじめ」とよむ、「服」はきものとよむなり。おさなきもの成長してはじめて大人の衣服を着る事を元服と云うなり。(中略)元服してその時、位高き家の子息は官位を賜る。官位せぬ人は何丸、何若などと云うおさな名をやめて何太郎、何次郎などと大人の名を付くるなり。これをえぼし名と云う。(後略)

巻の二

人品の部

一【御曹司】御曹司と云うは、いまだ家督にならぬ部屋住みの人を云う。曹司とは、本は役人の用部屋の事なり。一かまえづつしきりてあるを云うなり。部屋住みの人も座敷を一かまえしきりて住居する心にて御曹司と云うなり。

一【おふくろ】人の母をおふくろと云うは、御ふところと云う事なり。母は懐妊のとき、子はふところにある故なり。ふところを略して「ふころ」といい、ふころという詞転じて「ふくろ」に成りたるなり。今も薩摩国の人は人の母を御懐と書くなり。(後略)

小袖類の部

一【蒲団の事1】今の世、夜具の内に蒲団と云う物あり。古はしとねと云うなり。蒲団と云うは円座の事なり。しとねの事をふとんと云うのはあやまりなり。

官位の部

一【太閤】太閤と云うは、関白の父を云うなり。

以下省略