失われた時を求めて (95)

演奏が終わり得意げな表情のシャリュルス氏だが、奏者に関して不用意な言葉を発したサニエットに激怒したのか、激しい言葉で彼を追い出したのである。そのためにサニエットは外で発作を起こし数週間後に死去するのである。招待客は行列を作ってシャリュルスに別れの挨拶をする。そのときのシャリュルス氏とモルトマール夫人の会話である。以下引用文。(吉川一義訳)

《(略)夫人は、おめでたいことにシャルリュス氏が関心を寄せているのはヴァイオリン「そのもの」だと想いこんで、つづきを言った、「このあいだフォーレソナタをみごとに弾きこなしたヴァイオリン奏者がいまして、たしかフランクという名前でしたが、ご存じですか?」「あああれは最悪です」と答えたシャリュルス氏は、それが従妹には美的センスが皆無だと言うに等しい不作法な否定になることなどお構いなしである、「ことヴァイオリン奏者にかんしては、私の奏者だけで満足なさるようご忠告します。」》

女主人であるヴェルデュラン夫人をさしおいて招待客と挨拶していたシャリュルス氏は、今度はモレ伯爵夫人の悪口を言い始める。さらに調子に乗った氏の発言にヴェルデュラン夫人はついに怒りを爆発させブリショにこう言った。

《「不潔な男ですよ」と夫人は答えた、「いっしょに一服どうです、って誘ってやってちょうだい。その間に主人が、シャルリュスのやつに気づかれぬようやつのドゥルシネアを連れ出して、どんな奈落の底に落ちようとしているのか、目を開かせてやりますから。」》

モレルとシャルリュスの仲を裂く気満々である。