失われた時を求めて (93)

今晩の夜会が始まるまでに、プルーストはシャルリュス氏のことや貴族の序列のこと、ドレフュス事件のことに触れて行き、話題が循環する様相を示す。それでもやっと当時の音楽界の最新の話題が出る。以下引用文。(吉川一義訳)

《(略)『シェエラザード』とか『イーゴリ公』の踊りとかにかき立てられた熱狂のあと、すぐに帰って寝る気になれない人たちがヴェルデュラン夫人邸へ行くと、ユルベレティエフ大公妃と女主人がとりしきる風味絶佳な夜食の会に集うのは、毎夜、身軽に跳べるように夕食をとらなかったダンサーをはじめとして、監督や舞台装飾家たち、さらにはイーゴリ・ストラヴィンスキーリヒャルト・シュトラウスといった大作曲家たちで、このいつも同じ顔ぶれの少数精鋭のまわりには、エルヴェシウス夫妻の夜食の会のように、パリの最高の貴婦人たちや外国の妃殿下たちも嫌がらず顔を見せていた。》

いよいよヴァントゥイユ作の七重奏曲が演奏され、初めて聴くプルーストはその斬新さと完成度に驚く。曲の印象を一通り述べた後、自身の恋について語り始める。

《ところが実際は、この最後の恋−−アルベルチーヌへの恋−−の内部には、当初からさまざまに(最初はバルベックで、ついでイタチまわしのあとで、ついでアルベルチーヌがホテルへ泊まりに来た夜に、ついでパリにおける霧の日曜日に、ついでゲルマント家のパーティーがあった夜に、ついで再度バルベックで、そして最後に私の生活がアルベルチーヌの生活と固く結ばれたパリで)アルベルチーヌを愛する漠とした気持ちが存在したように、いまやアルベルチーヌへの恋ではなく私の全生涯を振り返ってみると、私のそれ以外の恋は、わが生涯における最大の恋、つまりアルベルチーヌへの恋を準備するささやかで小胆な試みにすぎなかったと認めなければならない。》