失われた時を求めて (73)

この小鉄道の旅で起こった小事件やらメンバーの会話、それにまつわる話を足してゆくと長い長い文章が出来上がるのである。まず三等切符しか持たない農夫がプルーストらの車室に迷い込んでくると、コタールは乗務員を呼んで農夫を列車からつまみ出すのである。また見目うるわしい乙女が乗ってくると、プルーストの目はその娘に釘付けになり、何とか知り合いになろうと考えるが実際には二、三の言葉を交わすことしかできなかった。みんな話しに夢中になり乗り過ごしてしまった様だがドゥーヴィル・フェテルヌの駅でシェルバトフ大公妃と共に下車し、馬車に分乗し無事館に到着した。ヴェルデュラン夫妻にとってラ・ラスプリエールの邸宅とは以下の様なものである。

《ここで夫妻にとって大切なのは、気持ちよく暮らすことで、散歩をし、おいしいものを食べ、おしゃべりに興じ、感じのいい友人たちを招いて、楽しいビリヤードや、おつな食事や、愉快なおやつを楽しんでもらうことなのだ。》

というふうに、当たり障りのない事を述べておいて、すぐ突き落とすのがプルースト流なのである。

《たとえその小楽節が演奏されても、夫人は昔のように感激のあまり疲労困憊したふりをする必要はなくなっていた。疲労困憊した表情がいまや夫人の顔になっていたからである。》