失われた時を求めて (85)

プルースト日課はゲルマント夫人を訪ねてファッションの素材や仕立て方について教わり、それをアルベルチーヌのために作ってプレゼントしようとする事、部屋に帰りアルベルチーヌと遊ぶ事、友人が会いにくるとアルベルチーヌを隠して応接する事といったところである。ゲルマント夫人を訪ねない日はエルスチールの絵やベルゴットの本を読むという。つまり仕事は一切しないのである。とは言えアルベルチーヌについてなかなかの文をしたためている。以下引用文。(吉川一義訳)

《わが生涯のもろもろの時期にアルベルチーヌが私との関係でさまざまに異なる位置を占めているのを想いうかべると、干渉作用を起こした多様な空間の美しさ、つまりアルベルチーヌに会わずにいたしぎ去りし長い時間が感じられる。そうした空間の半透明な奥行きを背景にして、私の目の前にいるバラ色の娘は、謎めいた影をつくる力づよい立体感を備えて造形されたのである。》

 

時にアルベルチーヌがプルーストのベッドで眠ってしまうことがある。これについて表現するプルーストはもはや神がかっている。以下引用文。(吉川一義訳)

《こうして漏れてくるアルベルチーヌの眠りという不思議なつぶやき、海の微風のように穏やかで月の光のように夢幻的なつぶやきに私は耳を傾けた。その眠りがつづいているかぎり、私はアルベルチーヌに想いを馳せ、それでいて本人を眺めることができ、さらに眠りが深くなると本人に触れて接吻することもできるのだ。》