失われた時を求めて (132)

スワンのことを回顧しながらプルーストが自らの人生を総括している。以下引用文。(吉川一義訳)

《よく考えてみれば、私の経験の素材はいずれ私の書物の素材となるが、結局その素材はスワンに由来するものだった。スワン自身やジルベルトにかんするすべてがそうだというわけではなく、早くもコンブレーで、バルベックへ行きたいという欲望を私にひきおこしたのもスワンだった。そんなことがなければ両親は私をバルベックに行かせようとは考えなかっただろうし、またバルベックへ行かなかったらアルベルチーヌと知り合うこともなかったし、ゲルマント家の人たちと知り合うこともなかっただろう。祖母がヴィルパリジ夫人と再会することもなく、私がサン=ルーやシャルリュス氏と知り合うこともなかったからである。このふたりの面識を得たおかげで私はゲルマント公爵夫人と知り合い、公爵夫人を通じてその従姉妹の太公妃と知り合ったのだから、私がいまゲルマント大公邸にいて、突然わが作品の着想がひらめいたことも、これまたスワンに由来すると言える(それゆえ作品の素材のみならず作品をつくる決心もスワンに負っていた)。》

しかしつらつら考えているうちに論理が反転する。

《スワンが私にバルベックのことを話さなかったら、私はアルベルチーヌもホテルのダイニングルームも、ゲルマント家の人たちも知ることはなかっただろう。しかし私はべつの土地へ行って、べつの人たちと知り合いになっただろうし、私の記憶は、私の書物と同じく、自分には想像すらできないまるっきりべつの情景で満たされただろう。その情景の新しさは、私を魅了し、むしろそちらへ行ったほうがよかった、アルベルチーヌやバルベックの浜辺やリヴベルやゲルマント家の人たちは相変わらず未知のままでいてくれたらよかった、と私を悔やませる。》

プルーストって面白い。議論は大爆発したがこうして第13巻が終わる。