失われた時を求めて (51)

(ヴィルパリジ侯爵夫人邸での茶会の続き。)帰り際、名文句が登場する。以下引用文。(吉川一義訳)

《夫人のかたわらにはゲルマント氏が、威風堂々と、どっしり腰をおろしている。おのが莫大な財産への意識があまねく五体にゆきわたり、全身の密度はことさら高まって、そんな巨万の富が坩堝で溶かされて一個の人体のインゴットと化して、かくも高価な人間がつくられた観がある。私がいとま乞いをし、氏が慇懃に椅子から立ちあがったとき、私は三千万フランの生気なきかたまりが古きフランスの教育に促されて動き出し、持ち上がり、目の前に立ちあがった気がした。かのフェイディアスが純金で鋳造したとされるオリンピアのゼウス像を目の当たりにする想いであった。》

茶会の帰途シャルリュス氏がプルーストに向かってこんな事を言い始めた。以下引用文。(吉川一義訳)

《私の中には、もとより貧弱な才能ゆえではなく、いつかあなたもおわかりになる諸般の状況ゆえに、経験の宝庫というか、計り知れない価値を有する秘密文書とでも言うべきものが蓄積されていて、それは私が自分のために利用すべきものでなく、若い人にとっては計り知れないほど貴重なものとなるはずだから、そんな三十年以上も費やして獲得したもの、もしかすると自分だけが所有しているものを数ヶ月かけて若い人に教えてやろう、そう私は何度も考えたのです。(略)お望みなら、だれも知らないような説明をしてあげよう、過去のみならず、未来についても。》

ところがだんだんとシャルリュス氏はプルーストの嫌がる事を言い始める。社交界にあなたは来るべきではないというのだ。