本書は紀暫計による『伊勢物語ひら言葉(1678)』及び也来による『昔男時世妝(1731)』の二つの本を収録したものである。源氏物語が作り物なのに対し伊勢物語は在原業平の実録であることから人気が高く江戸時代においてもこの様な本がでているのである。
どのくらいわかりやすいか『伊勢物語ひら言葉』の冒頭を紹介する。菱川師宣による挿絵まで付いている。
[1]むかし、有原の中将なりひらと申は、平城天皇第三の皇子、阿保親王の御子にて五男にてましますにや、在五中将と申奉る。然るに業平、仁明天皇の御宇にいともかしこき勅をうけ、大内におゐて元服有。春日の祭りの勅使として、すきびたいのかぶりをゆるされ、うゐかぶりし給ひ、こと更春日の里を領地として給りしが、あるときなりひら、鷹狩と号し彼里へおはしましけるに、そのさといとうつくしきをんな兄弟住給ふを、物あれたるかきほののすき間より、ほのかに見給ひ、かゝるふるさとに、愛うるはしき女すみける事、あやしくも又あはれにもおぼえさせ給ひ、心まよはせ給ふが、めしたるかり衣のすそを切りて、哥をあそばしかゝせ給ひて、つかはされける。その衣はしのぶずりなんいへる衣なりければ、御哥に、
春日野の若むらさきのすり衣しのぶの乱れかぎりしられず
此哥の心は、先所の名によせて、「春日野の若むらさきのすり衣」といひ、さて又下の句、「しのぶのみだれかぎりしられず」といふ心は、しのぶずりの衣とて、其紋かぎりなくみだれる物なり。そのごとくそなたを見しよりおもひそみ、忍ぶ心もみだれつゝ、かぎりしられぬとなり。おんなを若むらさきにたとへ、若むらさきのすり衣といへる序哥なり。ひとへにしのぶのみだれといはんため也。(以下略)
昔男時世妝もわかりやすいが省略。