失われた時を求めて (82)

第10巻に入る。パリに戻って来たプルーストはアルベルチーヌと同居を始める。母は二人の結婚には反対だが何も言えないでいる。今の状況をプルーストは箇条書きで簡潔に記している。以下引用文。(吉川一義訳)

《バルベックから帰ると私の恋人がパリで私と同じ屋根の下に住むようになったこと、クルージング出かける計画はあきらめたこと、私の部屋から二十歩ほど離れた廊下の端にあるタピスリーを掛けた父の書斎を寝室としたこと、そして毎晩、夜更けに私と別れる前、まるで日々のパンのように、滋養ゆたかな糧のように、自分の舌を私の口のなかへ滑りこませてくれるとき、その糧には、(略)ほとんど神聖な性格が備わっていたこと、今やそんなことを想いかえすと、それとの対比でただちに想いうかぶのは、(略)父がお母さんに私のベッドのそばの小さなベッドで寝るようにと言ってくれた夜のことである。》

プルーストとアルベルチーヌの関係は尋常では無い。

《それでもアルベルチーヌは私の睡眠時間を尊重するようになり、私が呼び鈴を鳴らすまでは部屋にはいろうとしないばかりか、物音も立てないようになった。そんな規則をアルベルチーヌに守らせたのはフランソワーズである。》

サイコパス色の強いフランソワーズと人非人プルーストのいかにもやりそうな事だが、本文はこの事に対する言い訳、美辞麗句で埋め尽くされている。