失われた時を求めて (111)

アルベルチーヌへの思いが消えつつある頃、アンドレから聞かされたのはどぎつ過ぎる真相だった。モレルとアルベルチーヌの関係、アルベルチーヌがものにした娘とアルベルチーヌの関係、アンドレとアルベルチーヌの関係を明かされ衝撃を受ける。その時のプルーストの反応である。以下引用文。(吉川一義訳)


《いずれにせよ、もしそれがほんとうだとしても、亡き愛人の生活にまつわるこんな役にも立たぬ真実が、それをどうすることもできない今になって深淵から浮かび、ようやく立ちあらわれたのだ。こうなると人は(忘れてしまった女のことはもう気にもかけていないから、きっといま愛しているべつの女を想いうかべ、この女にかんしても同じことが生じるかもしれないと考えて)意気消沈する。》


話が散漫になってきたことは否めない。突如としてオクターヴという青年の話になる。学校の成績もパッとせずバルベックでは賭博で大損し、皆んなからバカだと言われていた男だが、今は天才であると評価されている。ヴェルデュラン夫人の甥であるこの男はかつてラシェルと付き合っており、それを妬んだアンドレが誹謗中傷し、ボンタン夫人がこの男とアルベルチーヌをくっつけようと画策していたのである。以下はプルーストのつぶやきである。


《ところで私はこの甥のことを一度も想い浮かべたことはなかったが、もしかするとこの男がアルベルチーヌに性の手ほどきをし、そのおかげで私ははじめてアルベルチーヌから接吻してもらえたのかもしれない。》


《そんなわけでアルベルチーヌの心中では、とどまるか、私と別れるか、この二者択一をめぐる長いドラマが演じられていたのかもしれないが、いずれにせよ私と別れるのは叔母のためか例の青年のためであって、女たちのためではなかったのだ。》