森鴎外 鶏 (1909)

    近衛師団軍医部長から小倉の軍医部長に左遷された鴎外は10年後に手記のような掌編をまとめ昴に発表する。

   本編は主人公の石田が小倉入りするところから詳細に記されている。家を借り女中を雇い単身生活を始め師団本部に勤務する最初の2ヶ月余りの様子が描かれている。主人公の石田は諸事を淡々と手配してゆく中で大家、女中、馬丁らと交流する事になるがいろいろと目に見えにくいトラブルが起こって来る。

    石田の人物像は堅物だが欲がなく寛容といったところだ。女中の希望を問われるとお婆さんが良いと言い、そのお婆さんが悪事を働くと次の女中には色気もへったくれも無い少女を選んだ。しかも夜は二人きりにならぬような配慮もする。
 
    ひょんな事から庭で飼うことになった鶏が産むことになる卵も食べようとは思わない。食べたいときは自分で買って食べると言う。女中から見ると何とも変人に見えた事だろう。女中、大家、馬丁、農家のおばさん達との間に起こったトラブルも淡々と処理した。小倉時代に鴎外の角が取れたなどと言われるがこの小説もそういう感じだ。

   結局石田は自分を貫いて2ヶ月が過ぎ庭の百日紅さるすべり)と夾竹桃の花も咲いて夏祭りの花火が上がる夜にこの小説は終わる。