東洋文庫 黄色い葉の精霊 ベルナツィーク著 (1951)

本書はオーストリア民族学フーゴー・アードルフ・ベルナツィークによる調査紀行でインドシナ半島少数民族について探査したものである。黄色い葉の精霊とはピー・トング・ルアング族のことである。写真も資料として撮ってあるが事物を描写する文章が素晴らしい。その一部を紹介する。

メルグイとその諸島

(略)

さて、タイ王国がテナセリウム州をメルグイも含めてイギリスに譲渡せねばならなくなってから、ここの情景も変わってしまった。

世界中の商船の船隊がここを目ざして急ぐようなことはもう決してなくなり、ここに住むわずかのヨーロッパ人も再びメルグイを立ち退ける日を待ちこがれているのだ。彼らにとってメルグイは全植民地のなかでもとりわけ雨の多い、暑いうっとうしいところであり、天然痘コレラのような伝染病の蔓延するところにすぎないからである。町の中央に聳える丘の上からの眺めは美しい。眼下には海と多くの静かな濃い森に覆われた島々が横たわり、毎夕そこを一回熱帯の濃い色彩をした太陽が沈んで行く。浜に沿ってビルマ人の漁師と商人の杭上家屋が並んでいる。毎週一度沿岸汽船が着く橋の近くには、帆船が、その葉で作られた円い屋根や立っている漕ぎ手を乗せてひしめき合っている。もう一方の側には、浜辺に沿って緑の草原が広がっていて、羊や山羊が草を食べている。街の中心には新しい、ほとんど中国人ばかりが住む一画の街路が広がりそこには広大な市場がある。厚い人の群れが、あちらこちらと流れて、苦力が明るい色彩の人力車を競争して引っぱっており、牛車がガラガラと通りすぎる。仏教の僧がサフラン黄色の法衣を着て、手に托鉢の鉢を持ち家から家へ歩いている。子供たちは、狭い小道のどんな隅っこでも遊んでいるし、彼らの叫び声は、人間蟻のかん高い活動の音と混じり合って、眼下のこの絵のような混乱の中をあちらこちらと漂っている。 (略)

これがメルグイの1936年の状況である。この後著者らは小舟をチャーターして島を回り、臆病なモーケン族を見つけに行く。その後タイを経て山岳地帯に入りピー・トング・ルアング族、ミャオ族、ラフ族、モイ族を調査しこの旅は終わる。ピー・トング・ルアング族は現存する最も原始的な部族でありモンゴロイドの特徴を有し、ほぼ旧石器時代の文明の段階にあると結論づけている。