岩波文庫 ユートピア (1516)

天下国家を論じ、国のために官僚を志す若者なら『塩鉄論』と『ユートピア』くらいは読んでおくべきだろう。ただし『ユートピア』の方は皮肉が効いているので、読むと志望先が変わるかもしれない。

浮浪者然としたラファエル・ヒロスデイはこう語った。

《モアさん、あなたは二重の誤解をしておられるんじゃありませんか。つまり、私のことについてもそうですし、事柄自体についてもそうです。第一、私にはあなたが買いかぶっておられるような才能などありはしません。かりに大変な才能があったとして、私が自分の静かな生活を犠牲にしたところで、それが国家の福祉を増進させるというようなことは考えられません。だってそうじゃありませんか。第一、大抵の君主は平和を維持することよりも、戦争の問題や武勇のことに(こういった知識は私は持ちもしませんし、また 持とうとも思いませんが)、興味があるのです。ですから、現在の領土をそのまま平和にうまく治めてゆくということよりも、正当な権利があろうがなかろうが、なんとかして領土を拡張しようと一生懸命になっております。その上、そういう君主たちの顧問がどれもこれも、付け焼刃でなくほんとうに賢くてその必要がないからか、それとも俺は賢いと自惚れているからか、とにかく他人の進言を聞こうとはしない連中なんです。そのくせ、大官連の愚かな言葉には恥も外聞もなくただぬけぬけと相槌をうつんです。なにしろ大官連ときたら宮廷内では大した勢力ですから。顧問たちもただいはいとお追従をいってその寵愛をえようと苦心するというわけです。》

この後ラファエルは自分が見てきたという「ユートピア」についての地誌、都市、行政、生活の詳細を語るのであるが、その実態は何だかソビエトのコルフォーズ、オランダ風の街並み、女真の八旗制を想起させるようなものだったのである。まあそんなに良くはないか。