アレクサンドロス大王東征記(8)

 第6巻続き。このような記述があった。

『墓城の囲いの内、墓に通ずる坂のかたえには、マゴス僧たちのために小さな住まいが建てられていた。彼らはすでにキュロスの子カンビュセスのころから、キュロスの墓を守ってきた者たちであり、その墓守りの地位は父子相伝で彼らのあいだに代々伝えられてきたものだった。彼らは日に羊一頭と小麦粉とぶどう酒が王から支給され、月に一度はキュロスにささげる犠牲として、馬一頭が給付された。墓にはペルシア文字で墓碑銘が刻んであり、それはペルシア語で次のような意味のものだった。「人よ、私はキュロス、カンビュセスの子。ペルシア人たちのために支配を打ち樹て、アジアの地に君臨せし者。されば我がためにこの墓を吝まざれ。』

 この墓はパサルガダエと呼ばれ2004年に世界遺産に登録されている。アレクサンドロスペルセポリスに到着して、墓を詣でたときにはすでに盗掘されていた。

 在りし日のキュロス2世 (by Gemini)