フォークナー短編集 (13)

このような場面だが会話にいやにリアリティーがある。

《すると彼女が口を開いた。「ベイアード、あたしに接吻してちょうだい」

「だめだよ。あなたはおやじの奥さんじゃないか」

「それに、あなたより八つも年上だし、それから、あなたの遠縁の従姉だわね。それから、髪の毛は黒いしさ。ねえ、ベイアード、あたしに接吻してーー」

「だめだ」

「ベイアードったら、ねえ、接吻して」そこで、私は首をまげて、私の顔を彼女の顔にに近づけた。しかし、彼女は動かなかった。そのまま、上体をわずかばかりうしろにそらし、私のからだにふれないようにして、私をじっと見つめながら、身動きもせずに立っていた。そしてこんどは、「だめよ」といった。》

彼の父はその頃、鉄道を完成させ、レッドモンド氏を破り州議会議員に当選したところであった。気分は高揚し、勝利に陶酔しているのが見て取れた。食事の後、接吻のことを父に告げたベイアードは、法律をよく勉強して父の仕事を手伝うよう言われたのだった。