フォークナー短編集 (6)

日課であるフォークナーの読書をする。

この最後の場面では、ジェイソン、キャディーとナンシーの掛け合いが繰り広げられ、「私」は見ているだけである。だから一読目では、クウェンティンの目だけ存在するように感じたのだ。さてとうとう父親が迎えにやってきた。

《「あの人は溝の中ですよ」とナンシーはいった。「むこうの溝の中で待ちぶせしているんだわ」 「バカバカしい」と父はいった。彼はナンシーを見やった。「やっこさんがあそこにいるのがわかっているのかい?」

「しるしがあったんですよ」

「どんなしるしだい?」

「あたしはしるしを見たんです。うちのなかにはいってきたとき、テーブルの上にあったんですよ。まだ血のしたたる肉のついた豚の骨で、ランプのわきに置いてあったんです。きっと、あの人はあそこにいます。あんたがたがこの家から出ていったら、あたしも出ていきますよ」》

ナンシーが怯えている根拠は彼女の霊感によるものかと思っていたら、物証があったということか。ただこれもどういう意味があるのか理解に苦しむ。骨は人の食べ物ではないし、肉をかじって食べたのなら生で食べたということになる。

コンプソン家の人々は小屋にナンシーを残し、帰っていった。あくる朝ナンシーはいつも通り洗濯物を取りに来るのか、血まみれの死体で発見されるのか、結末は伏せられてしまった。これは読者が推理するしかないだろう。