郁達夫(いくたっぷ)の日本語テクストは読もうと思っても数が少ない。図書館でこの本を見つけて幾つかの短編を読んだ。春風沈酔の夜、過去、わが夢わが青春の三題で全部である。
「過去」はマカオに流れ着いた失意の主人公がまったりと退廃したマカオの雰囲気を気に入りここに住もうと思った矢先、かつて交友のあった美人四姉妹の三女と再会する事で心が掻き乱され、楽しくもほろ苦い過去の日々が回想される。その当時次女に片思いしていた主人公は結局振られてしまうのだが三女とも後味の悪い別れをする。純文学風の情景描写もさることながら人物の描写もなかなか鋭いのに驚いた。
「春風沈酔の夜」はほとんど無一文になった主人公が貧民窟のアパートに住むようになり隣人の貧乏な少女に淡い恋心を抱く話である。主人公はほとんど外に出ずたまに翻訳と小説を投稿しては糊口を凌いでいるという状況である。遂には夜に徘徊するようになり少女に泥棒団と誤解される。少女もタバコ工場の過酷な労働に苦しんでいる。やがて小説が一つ採用され原稿料が入り主人公が少し元気になる所で終わる。「わが夢わが青春」は筆者の幼年期から日本に留学するまでが述べられている。そこから先は「沈淪」に書いてあるのだろう。郁達夫に関する研究書は多いようだが入手可能なオリジナルのテクストは数少ないようだ。