失われた時を求めて (92)

シャルリュス氏を遠くから見かけたプルーストは、話を拡げて行き同性愛の歴史について述べた後、小噺のような章句を挟んだりする。この小説は忍耐を必要とするプルーストの気ままなおしゃべりなのだ。以下引用文。(吉川一義訳)

《「ほら、あの男はね、中庭でぼくに話しかけてくるんで仕方なく相手をしてるんだけれど、自分がイエス・キリストだと信じてるんだよ。これだけでも、どんなに精神のいかれた輩とぼくがいっしょに閉じこめられているかわかるだろう。あれがイエス・キリストであるはずがない、ぼくがイエス・キリストなんだから!」》

音楽会の道中でこのような会話がなされている。

《「ほほう、ブリショ、夜中に美青年とお散歩ですか?」と氏が私たちのそばに来て言うと、そのあいだに例のごろつきは当てがはずれて遠ざかった、「お安くないねえ!ソルボンヌのかわいい生徒さんたちに言いつけますよ、あの人はそんなにまじめな先生じゃないって。もっとも、若者を同伴すると効果てきめんですな、教授、あなた自身もかわいいバラの花のようにみずみずしい。で、あなた、お元気でしたか?」》

このように会話の部分は軽妙でわかりやすい。ひょっこりひょうたん島における博士とドンガバチョの会話を彷彿とさせるシーンである。