本書は竹内照夫氏による一般向けの書である。冒頭から神話と子不語を持ち出してきて何やら述べているが、著者はこう言いたいのである。
《『書経』の来歴
さて右に考えられているように、殷代の文字や画像では怪奇な神である舜や禹が、書経中でが完全な人格神もしくは聖賢と化しているのだから、書経は、その資料の点では殷代のものを含むにせよ、その記述の大部分において殷朝の次代の周朝の人によって成された、と解せられるのである。》
神話は『楚辞』や『山海経』に記述があるらしい。そうしてみると舜や禹はその字面から奇怪な生物のように見えてくる。次に書経の冒頭の部分の記述を示す。
《禹王
舜の後には禹が立った。舜には賢臣が多かったが、中にも禹は河川を改修して洪水を治め、九州を経略した大功があるので、人望が厚く、そこで舜が旅先で亡くなると、禹が人々に推戴されて帝位についた、と受け取れるように、書経には書いてある。》
この辺までは当時の史家が聖王理想について捏造したものと思われる。もう少し見てみよう。
《武王
殷王朝は約六百年間つづき、最後に紂王が立ったが、これが暴君だというので、周の武王が革命を行なった。武王がその旗上げに際し、牧野という所で全軍に誓ったことば、と伝えられる文が周書の牧誓篇にしるされており、その冒頭にこうある、
王曰く。ああわが友邦のちょう君(諸侯)、御事、司徒、司馬、司空、亜旅、師氏(諸大臣)、千夫長、および庸、蜀、羌、ほう・・・〔諸異族〕の人よ、なんじの戈を称げ、なんじの干を比べ、なんじの矛を立てよ。われそれ誓わん。》
このように史実っぽい記述が出てくることになる。五経についてもう少し見て行く。礼記の経解篇にある孔子の言葉から、著者はこう述べている。
《『詩経』の学習は、人心をやわらげ、情愛を深めさせる効果がある。『書経』は、歴史に通じさせ、知識を豊かにさせる。『易経』は、精神を鎮め、思考を精密にさせる。礼の教育は、身を引き締め、態度を慎重にさせる。『春秋』は、事件と事件との関係を正確に記述する能力を会得させる。》
つまり五経は中国における高等一般教育を担うものであり、日本においてもそれは行われたという。本書では五経、四書と述べてから日本における教育について言及し結んでいる。