フォークナー 八月の光 (8)

バイロン・バンチについてはこのような記述がある。

《バンチが住む下宿のおかみのビアド夫人が知っていることといえば、土曜日ごとに六時すこし過ぎるとバンチがはいってきてバスを浴び、いまは古びてきた安サージの服に着かえる、夕食を食べ、家の裏に行ってバンチ自身が作り直して屋根もふいた小屋に飼ってある騾馬へ鞍をつけ、それに乗って出かけてゆくーー彼女の知っているのはそれだけなのだ。彼がどこへゆくのか彼女は知らない。バンチは三十マイルも田舎へ乗っていって、次の日曜には一日じゅう礼拝の続く田舎教会で合唱隊を指揮して過ごすのだが、それを知っているのは牧師ハイタワーだけなのである。それから真夜中ごろに彼はふたたび騾馬に鞍をおき、ひと晩じゅうゆっくりゆられてジェファスンへ戻る。そして月曜日の朝にサイレンが鳴るときには、洗ってさっぱりした仕事着とワイシャツで工場へ出ているのだ。(略)ハイタワーだけが彼はどこへ行き、そこで何をするのか知っている、というのは一週に二晩か三晩彼は、ひとり住まいの小さな家にハイタワーを訪ねるからでーーそれは町が、彼の恥の印と呼ぶ家であって、ペンキは塗られていず、小さく、みすぼらしく、薄暗く、男やもめの臭気と澱みをみせた家だ。ここで彼ら二人は牧師の書斎に坐り、静かに話すーー同僚たちにはまったく妙な人間と思われているのをまるで気づかぬ痩せた平凡な顔の男と、そして自分の教会から拒否された五十歳の失格者の二人が。》

バイロンはリーナに出産させ、自分と一緒に暮らそうとしているのだ。どうせブラウンは逃げて行くに違いないからである。この事をハイタワーに相談すると、ハイタワーはリーナはアラバマへ帰るべきだと言う。さすがは聖職者である。真理を指し示している。バイロンの方は何かに目がくらんでいるか、あるいは自ら悪魔の指し示す方へ行こうとしているのである。