岩波文庫 トゥバ紀行 (2)

かなりローカルで稀少な歴史が綴られているのでここに記しておこう。(P159)

《アルタイの牧人と狩人は、ロシアの植民者によって絶え間なく、やせて不毛な土地へと追いやられた。一九〇〇年ごろ、シナで大衆が魔術にたけた義和団のまわりに結集したとき、同様の運動がアルタイを貫き、間もなくオイラト・ハーンの偉大な救世主が現れてロシア人を追い出してアルタイ人を再び主人となし、かれらの道徳性をよみがえらせるであろうという告知が広まったのである。今日トゥバ(ブリヤートでも同様であるが)にも同じような流れが見られるのは驚くにあたらない。すなわち道徳を刷新し、それによって破滅への転落を食いとめることである。(略)一九一四年の春ーーそれは日露戦争のころであったがーーチェトチェル・パンというアルタイ人が新しい教えを説いてまわった。白馬にまたがった男が現れて、自分のもとに一つの教えをもたらした。

人間はこれからは動物の血を流してはならず、幼畜を生にえにしてはならず、キリスト教徒と同じ食器から食べてはならず、ロシア人と睦み合ってはならないと。諸君はすべても武器と火薬を廃棄せよ。諸君は自分で解放する必要はない。オイラト・ハーンが助けに来てくれるだろうから。諸君の子孫はアルタイの君主になるだろう。シャマンの太鼓はすべて燃してしまえ。新しい教えは上天の善なる神々であるボルハンたちを拝むよう命じていると。

この運動はロシア人によって暴力的に禁圧された。指導者たちは逮捕され、殴られ、投獄された。ロシア人の植民者たちはこのチャンスに付け込んで一大略奪行を敢行し、奪いつくした。それにもかかわらず、今もボハニズムは地下に生き続けている。アルタイだけではなく、アルタイに接するトゥバの各地に。》

やや感傷的な文章だが、ロシア人とは何かという問いに正面から答えているのである。