東洋文庫 鳩翁道話 (1835)

18世紀初頭に興った石田梅岩の心学を弟子たちが全国の講舎などで庶民に口頭伝道したものが所謂道話というものである。その中の白眉と言えるのが本書の鳩翁道話と云われている。その実物をいくつか紹介する。

さざえの自慢

(略) あのさざえが何ぞというと、うちから蓋をびっしゃり〆て、丈夫なことじゃと思うておりまする。鯛や鱸がうらやましがり、 「これさざえや、おまえの要害は大丈夫のものじゃ、うちから蓋をしめたが最後、外からは手がさせぬ、さりとては結構な身の上じゃ」といえば、さざえが髭をなでて、 「おまえ方がそのようにいうてくれるけれど、あまり丈夫なこともない、しかしながらマアこうしていれば、まんざら難儀なこともない」 と、卑下自慢をしているとき、さっふりと音がする。さざえがうちから急に蓋をしめて、じっと考えていながら、 「いまのは何であったしらぬ、網であろうか、釣針であろうか、これじゃによって要害が常にしてないと、どうもならぬ。鯛や鱸がとられたかしらぬ、さても心もとないことではある。シタガまずおれは助かった」 と、とかくするうち時刻もうつり モウよかろうとそっと蓋をあげ、あたまをぬっとさし出して、そこらを見まわせば、何となう勝手が違うような。よくよくみれば魚屋町の肴やの店に、 「このさざえ一六文」 と、正札付になっていました。(略)

他にも武蔵坊弁慶の大松明、のら息子の話、盲人に提灯など面白い話があるが長いので略す。