東洋文庫 金文の世界 (1971)

金文とは簡単に言うと青銅器に鋳造された文字のことで、殷代末期から出土が確認されている。本書は白川静(1910ー2006)による書き下ろし作品である。

読んでみるとまるで新書のような内容であり、コンパクトながら密度が濃すぎて読むのに難渋する。例えばこのような文章である。

《殷末の金文

甲骨文は、第一期の武丁期から第五期の帝乙・帝辛期までの五期に分かたれるが、その字跡にもまた各期の特徴がある。菫作寶氏はそれを、第一期雄偉、第二期謹ちょく、第三期頽靡、第四期頸峭、第五期厳整と評している。それは様式史的にも、一の完結した流変の姿をみせているが、そのことはおそらく、殷金文の上にも適用しうるものであろう。安陽の侯家荘武官村から出土した司母戊鼎は、器の高さ104センチに及ぶ大鼎で、遺品中最も大きなものであるが、その字跡[図 5・1]もまた雄渾を極めている。初期の殷金文にはこのような雄偉体が多く、また字にはほとんど屈折を用いない載尊のような直方体の字跡[図5・2]があり、当時の気象の闊大さを思わせるものがある。甲骨文にしても金文にしても、新しい様式が創造された当初のものが、すべて雄渾の気象にみちたものであることは、一般に文化的創造を生み出す精神のたくましさを示すものといえよう。そして頽靡、頸峭といわれるような変化を求めながら、ついに様式的な完成に達するが、それはまた様式の終末でもある。それは殷器の制作にも、銘文の上にもいることのできるものであり、創造を求める人間の精神の、運動の形態でもあるようである。》

このように見知らぬ専門用語の密度が高く、ちょっと美文調なのがなかなか馴染めない。全文読むのには並々ならぬ努力 が必要だろう。今回も部分読解に止める。司母戊鼎は今では后母戊鼎と改められている。