小説 天北原野 (9)

完治にいわゆる赤紙が来た。強がる完治だが動揺もある。貴乃は千人針を作って完治に持たせる。出征の日の描写がある。

《汽車は大泊駅でとまり、乗客が少し降りると、港駅に向かって発車した 。防波堤の向こうの亜庭湾に突き出して港駅はある。海中に長い鉄橋がかかり、その先に堂々たる建築の駅舎が見える。今、北海道から着いた連絡船が、日の光に船体を輝かせている。汽車は大泊の街を過ぎて、すぐに鉄橋にさしかかった。左手に知床半島が見え、その岬が海の中に消えるように横たわっている。乗客たちが立ち上がり、降りる用意をしている。

遂に汽車は港駅に着いた。百十四間もあるという長い廊下を通って、待合室に急ぐ。広い待合室には、客がごった返していた。完治と同じように、白いたすきを肩から斜めにかけ、日の丸を持った応召兵の姿が何人か見え、それを囲んで幾つかの人垣ができている。》

稚泊連絡船在りし頃の日常が生き生きと描かれている。

《みんな日の丸の小旗をふっている。船が静かに岸を離れた。「バンザーイ」「ごぶじで」「お父さん」「完治い」「早く帰ってえ」口々にみんなが叫ぶ。船は、三メートル、六メートル、十メートル、見る間に離れて行く。赤、青、黄、緑、紫、テープが風になびく。遂にテープが切れた。

「ボー」

汽笛が長く尾を引く。甲板にいる人々の姿が、次第に小さくなる。岸で叫んでいた人たちも、もう無言だ。少し強い風が真正面からあおる。かもめが幾羽か鳴きながら船について行く。》

調べるとこの小説は昭和52年に山本陽子主演でテレビドラマ化されていることがわかった。このような鉄道のシーンは再現されているのだろうか。