東洋文庫 日本神話伝説の研究 1 (1925)

長い総論があるがそれは読み飛ばして、各論のごく一部を精読する。

《七 素戔嗚尊の性質

高天原神話における素戔嗚尊は純然たる英雄神であるが、出雲神話においては、英雄神であるよりは、むしろ造化神であるように思われるところがある。伊弉諾伊弉冉二神の天降りの条に、「其の島に天降り坐して、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき。云々、然れども久美度邇興して生める子は・・・・・」とあるが、この「久美度邇興して」という句は、神典全部を調べてみると、この外には素戔嗚尊稲田姫との交会の条にただ一度見えるだけである。この一句の意義はいまだ言語学上から説明されていないから果たして何の意味であるやわからぬけれども造化神の交会の条に限って、特に用いてあるところから察すれば、余程重要な意味を持っていると見なくてはならぬ。この点において素戔嗚尊奇稲田姫とお交会は諾冉二神のそれと比すべきものであるように思われる。

素戔嗚尊奇稲田姫を妻として、英雄神の祖先となっている点においては、天照大御神に似ているけれども、大山津見神の女なる神大市比売を娶って大年神を生み、次に宇迦之御魂の神を生んでいるのはどうしても造化神の資格だといわねばならぬ。

大年神はその名の示す通り年穀の神である、宇迦之御魂は高天原神話の豊宇気毘売神と同じ性質の神である。同一の神が両方に出ているのは、やはり例のパラレルの一つである。そしてこの大年神の子に、十六柱の祭祀神が生まれているところなどは、素戔嗚尊の性質をますます造化神のそれに近らしめるものである。》

造化三神とは、高天の原(たかまのはら)に最初に成り出た独り神の三柱で、天之御中主(アメノミナカヌシ)、高御産巣日(タカミムスヒ)、神産巣日(カムムスヒ)である事をチェックしておく。

つまり本論は、出雲神話における造化神が高天原神話に取り込まれたとき英雄神に格下げになったと述べているのだろう。わりと的確な推論なのではないだろうか。

ごく一部だけでも精読できたのでこれで良しとしよう。