ハーバート・ノーマン全集 第1巻

ハーバート・ノーマンはカナダ人宣教師の息子で長野県軽井沢町で生まれ幼少時を過ごした。国に戻るとトロント大学ケンブリッジ大学ハーバード大学を卒業、カナダ外務省に入省し外交官として来日しGHQと関わりを持つ。アメリカでの赤狩りが始まり共産主義者の疑いを掛けられると赴任地のカイロで自殺した。ハーバート・ノーマンの人物についてはNHKETV特集でも1999年に取り上げられている。

「日本における近代国家の成立(1940)」より一部抜粋する。

第二章 明治維新の背景

(略)国学者たちが言外に幕府の特権を打破する含みをもって倦むことなく勤王を説いていたあいだに、そのうちの敏感な人々は西洋の科学に目を向けることに少しも矛盾を感じなかった。かれらのうちにはオランダ語を媒介として西洋の科学、思想について相当の知識を蓄えたものが少なくなかった。最も熱心な蘭学者は往々にして浪人や下級武士に多く、藩の干渉または藩士としての義務を免れて研究に没頭することができた。(略)書物はとぼしく、正統派儒者の偏見に遮られ、官憲に迫害され、時には狂信的攘夷論者による暗殺の危険にさえさらされたのであった。こうして、佐久間象山渡辺崋山高野長英吉田松陰などの進取的人物は西洋の知識を学んでこれを日本の条件に適用しようとする抱負のために命を捨てた。(略)

徳川末期の日本と阿片戦争当時の中国との根本的な相違は実はここにある。中国の専制官僚は文官的な処世感を持っており、進士試験の制度によって採用される紳士階級の出身者を主体としていた。この学者ー官僚は儒教正統派を後生大事にまもっており、いわばそれに対して従順であるかどうかがこの仲間にはいる親鍵となっていた。かれらは、西洋文明の現れをあたまから無視または嫌悪していた。(略)中国の行政官僚である儒教官人たちは旧制度とその因襲に執着して、いかなる根本的改革を行うことも躊躇した。官人階級はたしかに煩雑な行政機構の弥縫糊塗にこれ務め、ついにはこの崩壊を招き、みずから制度の残骸の下敷きになって滅亡し去った。(略)

こう書くと味も素っ気もない文章になるが、手塚治虫が漫画にすると「陽だまりの樹」のような遊び心のある作品になるのである。この漫画をkindle unlimitedで読んでいると当ブログで取り上げた清河八郎が登場してびっくりした。