事実かどうかは分からないが今やプルースト少年はフォーブール・サン=ジェルマン界隈に出入りするいっぱしの社交人となった。ある日などはブローニュの森の小径でナポレオン一世の姪御であるマチルド大公妃と出くわしてスワンに耳打ちされる。大公妃はスワン夫人と長々と会話して去って行った。またある日などは盛大な午餐会に招待されそこで憧れの老作家と対面する。 そこでベルゴットを目の当たりにしたプルースト少年は彼のことをこう表現する。以下引用文。(吉川一義訳)
《スワン夫人は(略)あの白髪の「詩聖」の甘美な名を発した。(略)その私の目の前で、一発の銃声とともに煙の中からハトが飛び立ち、その後にあらわれたフロックコートを着た無傷の手品師もかくあらんという姿で挨拶を返してきたのは、若くて粗野な、背が低くがっしりした近眼の男で、カタツムリの殻の形をした赤い鼻と黒いヤギ髭をたくわえている。私は死ぬほど悲しかった。というのも、もの憂げな老人の姿が跡形もなく消滅しただけでなく、壮大な作品の美しさも同時に灰塵に帰したからである。》
ここでもプルースト少年の観察眼は辛辣である。だが幻滅が訪れた後、例のごとく再構成するのである。この再構成がまた特に力が入れてあって長いのである。