失われた時を求めて (140)

フォルシュヴィル夫人(オデット)は今はゲルマント公爵の愛人になっている。プルーストはこれについて述べてゆき自分のことにも言及する。以下引用文。(吉川一義訳)

《オデットはそんなふうに幽閉されていることを私には率直に打ち明けたが、それにはさまざまな理由があった。主たる理由は、私がまだいくつかの文章しか書いたことがなく習作しか発表していなかったにもかかわらずオデットが私を名の知られた作家だと想いこんでいたことにある。それゆえオデットは、私がそのすがたの通りかかるところを見るためにアカシア通りまで出かけたり、もっと後にはその家へ行ったりしたころを想い出して、無邪気にこんなことを言った。「ああ残念!あなたがいつか大作家になることを見抜けなかったのは!」それでもオデットは、作家というものは女のもとに通って作品の材料を集めたり恋愛談を語らせたりすると聞き及んでいたから、いまや私のそばにいると、私の興味を惹くために単なる粋筋の女に戻った。》

この小説で一番の美人と思われるオデットが愛したのはスワンだった。プルーストの恋愛理論がまた出てくるので紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《じつを言えばもっと後にも、スワンにとってオデットが「好みの女」であったことは一度もなかった。にもかかわらず当時のスワンは、あれほど激しく、また苦しい想いをしてオデットを愛したのである。ずっと後になってスワンは、この矛盾に呆気にとられた。しかし男の生涯において、「好みでもない」女たちから受ける苦しみがいかに大きな割合を占めるかを考えれば、これは矛盾であるとはいえないはずである。そうなるには多くの要因がからんでいるのかもしれない。第一の要因は、相手は「好みでもない」女たちであるからこそ、当初こちらから愛することはなく相手が愛するままに任せていると、それがこちらの生活の習慣になってしまうことである。相手が「好みの」女であった場合には、そんな習慣は生じない。女は自分が欲望の対象になっていることを感じて、口答えをし、たまにしか会ってくれないから、こちらの生活のなかに四六時中腰を据えることがないからである。》