失われた時を求めて (40)

いよいよプルーストパリ・オペラ座に乗り込んで「フェードル」を観劇する。プルーストの今の関心事はもはやラ・ベルマではなく、貴人の予約制であるベニョワール席なのである。そこでゲルマント大公妃が紳士に「ボンボン・グラッセはいかが?」などと勧める行為を想像し、これはみごとに洗練された気高い思想の体現であり、エレガンスであると妄想するのである。

舞台が始まると実況とは違ったプルースト独特の方法で描写される。前振り、回想、妄想の爆発などが続いた後、プルーストにとってもはや価値がゼロになったラ・ベルマが登場するのだが、意外にも彼女のパフォーマンスが気に入ったようだ。描写を紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《ラ・ベルマの声にはどんな隅々までも繊細なしなやかさを備え、まるで偉大なヴァイオリン奏者の演奏の楽器のようだ。(略)また、古代の風景では消えたニンフのあとに生命のない泉が残るように、ラ・ベルマの声では、それとわかる自覚的意図は、それにふさわしい冷徹にして異様なまでの透明さをたたえた良質の響に転化されていた。》

このように賞賛した後もグダグダと後講釈が続く。実は本音では《甲高い声、問いかけるような奇妙な口調、ある未知の人物から受ける暴君を想わせるまるで即物的な印象》という風に酷評しているんじゃ無いだろうか。

どうもプルーストには無想無念の境地など無いように見受けられる。