アルベルチーヌのせいでヴィルパリジ夫人邸には芝居が終わったころ到着する。さて第二サロンのソファーに座っていたプルーストに重大な転機が訪れる。ゲルマント夫人が通り過ぎようとしてプルーストに気づき、ソファーに腰掛けてこう言ったのである。以下引用文。(吉川一義訳)
《「金曜日は空いていらっしゃいません?ごく少人数の集まりですけれど、来ていただけると嬉しいですわ。パルム大公妃がいらっしゃいます、いいかたですのよ。気持ちのいいかたがたに会っていただくのでなければ、そもそもお招きなどできませんわ。」》
コンブレーの頃から夢見ていた神々の集いにとうとうお呼ばれしたのである。この時プルーストの脳裏に浮かんだのは、『パルムの僧院』におけるサンセヴェリーナ夫人にモスカ伯爵を紹介される場面のようである。このような決定的な場面でわざわざ言及するほどの愛読書ということか。
だが今のプルーストはステルマリア嬢との夕食のことで頭がいっぱいであった。ブローニュの森の島を舞台にして妄想を繰り広げるさまはまるで車寅次郎のようである。以下引用文。(吉川一義訳)
《夏の最後の数週間ともなると、この島に通じる湖岸沿いには、いまだバカンスに出かけていないパリジェンヌたちが散歩をするばかりか、夏前のシーズン最後の舞踏会でとある娘に恋心を覚えた男が、来春まではどの夜会に出かけても会えそうにないその娘にどこで出会えるのかわからず、娘がまだパリに残っているのかも知らず、それでもその娘がもしや通りかかるのではないかと望みをかけてさまようのだ。きょうは愛するその娘の出発の前日ではないか、もしかすると出発した翌日ではないかなどと想像しながら、波がひたひたと寄せる水辺の美しい小径をたどると、すでに紅葉した最初の葉が一枚、まるで名残のバラの花のように咲いている。》