失われた時を求めて (60)

晩餐会もようやくお開きとなりプルーストは馬車でシャルリュス邸へと向かう。毒気に当てられたような、大好物の中に放り込まれたような体験でプルーストの頭の中は変なものでいっぱいである。この後意外な結末が待っていた。

サロンに通されたものの三十五分待たされ、ようやく面会できたシャルリュス氏は怒りをむき出しにしてこのように言うのである。以下引用文。(吉川一義訳)

《「ルイ十四世様式の椅子に掛けたまえ」「ほほう!それがルイ十四世様式の椅子だというのか!なるほどじつに教養のある若者だ。」》

と挑発的な言葉を発した後、手紙の返事を書かなかった事、自分と親しくしていると吹聴した事を責めるのである。それに対するプルーストの返答にシャルリュス氏は怒りをさらにパワーアップさせ攻撃してくる。

ところがプルーストの方も怒りが込み上げてきてシャルリュス氏のそばに置いてあったシルクハットを粉々に踏みつぶすと言う暴挙に出たのである。いつのまにか控えていた侍従に連れられ邸宅を出ようとするプルーストだが、シャルリュス氏は追いついてきてこう言うのである。以下引用文。(吉川一義訳)

《「さあさあ、そんな駄々っ子のようなマネはやめて、ちょっと部屋に戻りなさい。愛の鞭と言うでしょう、あなたを懲らしめたのはあなたを愛するがゆえなのです。」》

この後、送る送らないというやりとりがあって、プルーストの問いに応じるうちに機嫌が治ってきたのかシャルリュス氏は饒舌にいろいろと社交界の裏事情を語り始めるのであった。その一部を紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《「ゲルマント大公妃のほうは、というより、その母親は、ワーグナー本人を知っていた。大公妃自身が絶世の美女であることは措いても、これはなかなかの威信ではないかね。》

シャルリュス氏はプルースト社交界に来るべきではないと言ったり、社交界の裏事情を伝授したりと、なかなかの変わった人物である。