失われた時を求めて (41)

プルーストオペラ座でのゲルマント公爵夫人の輝きを基準として夫人を愛そうとする。パリの路上で見かけた美しい娘たちよりもである。当面は。ところがプルーストが毎日散歩の途中で見かける夫人はそれとは似ても似つかぬものなのであった。描写を紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《(略)ふと夫人のほうに目をあげたときに見えるのは、外気のせいか皮膚病のせいかは知らないが、赤いぶつぶつの出た不機嫌そうな顔で、(略)私が毎日さも驚いたふうを装ってしていた挨拶が気に入らないようだった。》

またある日などは、こう見えたという。

《(略)とある横道で、ネイビーブルーの小さなトック帽をかぶり、鳥のくちばしのような鼻を赤い頬のうえに縦にくっつけ、鋭い切れ長の目をした、なにやらエジプトの神を思わせる横顔が現れたとき、どうして私は前日と同じように動揺し、同じような無関心を装い、同じようにうわの空といった顔で目をそらせたのだろう?》

余裕のないプルーストには実際そう見えたのか、それとも抑圧された無意識がそうさせるのか、夫人の姿はこのようにどんどんグロテスクなものに変容してゆく。これはちょっとカフカっぽい。