失われた時を求めて (43)

サン=ルーの上官であるボロディノ大公について詳しい叙述が始まる。彼の祖父はナポレオン一世から公爵位を与えられた大公であるという。姻戚関係もある。一方サン=ルーの方は父親がナポレオン一世から伯爵位を与えられたいわゆる「改造伯爵」であるという。プルーストはたまたま呼ばれた夕食会で、両者の振る舞いを興味津々に観察するのである。ボロディノ大公に初めて接する人はナポレオン三世の面影を見て驚くのだという。次いでプルーストはボロディノ大公が隊長としてサン=ルーの長期休暇を許可した経緯について書いている。が、これは三文芝居レベルの作り話としか言いようがない。少し紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《そのサン=ルーが愛人と旅行に出かけられず困っているのを小耳に挟んだ床屋は、大公が白い上っ張りにつつまれて身動きできず、仰向けにされて喉元に剃刀を突きつけられているときを狙って熱心に頼みこんだ。(略)大公のあごがまだ石鹸だらけのうちに休暇は約束され、その夜のうちに許可書に署名がなされた。》

こう言う場面での機転の利かせ方、迫真性においてはスタンダールの筆力の方が数段上である。だが一方ではプルーストも中々優れた表現を見せている。その頃普及し始めた電話について書いている。以下引用文。(吉川一義訳)

《とはいえその魔法のおかげで、しばらく待ちさえすれば、われわれの話したい相手が、目には見えずとも目の前にいるかのごとくすぐそばに現れるのだ。(略)こんな奇蹟が実現するには、唇を小さな魔法の板に近づけて———ときにはいささか時間のかかるときもあるが、それは承知の上だ———「警護の処女たち」を呼び出すだけでいい。》