小説 天北原野 (4)

樺太の吹雪がとても恐ろしいことは住んでいる者なら承知している。完治はついに雪に埋まり、あとは犬に囲まれて死ぬか、という間際に小屋を見つける。九死に一生を得たのである。貴乃にとっては皮肉な結果となった。狂喜したのは伊之助である。

向田邦子も顔負けのやりとりがある。須田原家の四十九日の情景である。

《そう思いながら、貴乃は鮭の切り身を黙ってつくっていく。あき子が、

「おねえさんは幸せね。完治兄さんにべったりだから・・・・」 心の底から羨ましそうに言う。 「あきちゃんだって・・・・」 貴乃は静かに微笑する。人間の腹の中をぶち割れば、本当に幸せな人間なんか、万人に一人もいないだろうと思う。 「そうねわたしもまあまあね」 ちらりと不逞な笑いをあき子は浮かべる。》

フォークナーを読んでいると、この小説に描かれている統治の行き届いた日本の生活と、異質な当事者が入り乱れぐじゃぐじゃに腐っているあちらの世界との対比が面白い。いつか日本もそうなるのだろうか。