岩波文庫 コロノスのオイディプス (前五世紀)

コロノスとはアテネ郊外の森に隣接した地で、アテネテセウスの統治下にある。自ら盲目になりテーバイから追放されたオイディプス王は娘のアンティゴネに手を引かれて放浪の旅に出るが、最後の地コロノスの森にやってきた。このような会話がある。

オイディプス

めしいのこの老人の娘、アンティゴネよ。われらが着いたこの土地は、何というところ、何という人たちの町であろうか。このさすらい人オイディプスを、今日のこの日、誰が迎え、乏しい喜捨を投じてくれることか。わずかなものをおれは乞い、それよりももっとわずかなものを得るだけで、おれは満足するのだ。忍従、これを数々の不幸、おれが共に生きて来た長い年月、最後に気高い心が教えてくれるからだ。人間の土地でもよし、坐るところがあれば、娘よ、おれをとどめて、坐らせてくれ。われらのいるのはどこなのか、尋ねたいのだ。他所者のわれらは、土地の者から教わって、その言うとおりにしなければならないのだからな。

アンティゴネ

お気の毒なお父さま。町を囲む塔と城壁は、見たところ、遠くにございます。この土地は、明らかに、尊いところ、桂、オリーブ、葡萄の木が生い繁り、その中では、ナイチンゲールが飛び交うて、うるわしい音をひびかせている。さあ、のこの天然石にお座りなさいませ。お年寄には長い道中でございました。》

しばらくすると、町のものがやって来て、ここから出て行けと言うが、放浪者の素性を知ると驚き、対処に困るのである。やり取りの中でオイディプス王の弁明が聞ける。

オイディプス

名声とか、うるわしい評判とかは、それがただのむなしい噂だけに終わったならば、何の益に立とうぞ、人々がアテナイこそもっとも神を畏れ敬う町、この町のみが不正に悩む他所人に保護を与え、この町のみが助ける力をもっていると噂しているからとて。おれの場合はどうだ。お前たちはこの座からおれを立ち去らせておいて、それから追い払おうとしているのだ。それもただおれの名が怖しいばかりに。いいや、たしかに、このおれ自身とおれの所業が怖ろしいのではない。そのためにお前が恐れている、おれの父あるいは母のことを物語ることが許されるなら、おれの所業は、おれがやったと言うよりは、おれのほうが被害者なのだ。 (略)反対に、おれの加害者たちは(父母はおれを殺すつもりで、足にピンを貫き通し、山中に棄てさせた)、何もかも知っていて、おれを殺そうとしたのだ。》

とうとうテセウスが登場して、彼らの保護を約束する。オイディプスは中々口がうまいのだ。さらに、もう一人の娘イスメネ、叔父のクレオン、息子のポリュネイケスが次々と現れてオイディプスに言いたいことを言う。最後にオイディプステセウスに見護られて森の奥の聖地で地に潜り、守護神となったのである。以上がこの物語の顛末である。